まめそだて

初期流産を経て、2018年10月に長男を出産。全く仕事に活かしていない2級FP技能士。妊娠中・産後・育児のあれこれ、感じたことや日常役立ったことを綴る雑記ブログです。

仕事観と、自分が生きてきた家庭環境

こんにちは、まめこです。

 

昨日、出産前に認可外保育園を申し込んだ話を書いていて、「私ってそんなに働きたいのかな?」とふと思いました。

うーん、はっきりとは分からないけど、多分産後も働くつもりはある。やってみて、ダメだと思ったら転職するとか仕事を辞めるとか考えればいいかな、くらいの気持ちではあるけれど。

仕事を続けようと思うのは、その方が、変に熱中することがある私の性格上、子どもは子ども、私は私としてそれぞれの人生があって、それぞれの人生を生きることを忘れずに済みそうだから、と考えている節があります。

そういう考えがあるのは、自分の育ってきた環境の影響が大きいのでしょう。

私の実家は両親共働きです。そして、父も母も弟も、自立して好き勝手生きていて、あまりまとまりなく生活している家族です。でも、昔からそれで寂しいと思ったことはないし、家族仲が悪いわけでもないし、まあみんな自分の好きに生きてて素晴らしいんじゃない?くらいの感覚でいます。

とはいえ、私は親が共働きで寂しい思いをした記憶はないとしても、我が子が寂しがらないとは限らないので、寂しがるならその時はその時で考えようと思ってはいますが。

 

自分がどう育ってきたのか、育てられてきたのか、なんとなく振り返ってみました。

 

私が育った家庭は、自主性というか、自力でやるということが小さい頃から当たり前な空気だったような気がします。

小学校に上がる前は、父は海外出張が多く、家にいることは多くありませんでした。よく成田空港に見送りに行ったり、お迎えに行った記憶があります。母が展望デッキに連れて行ってくれて、弟と飛行機を見るのが楽しみだった。

その頃の母は、今でいう在宅ワークだったような気がするのですが、母本人は「弟が生まれる時、臨月ぎりぎりまで勤めていたけど流石にもう来ないでと言われた」みたいなことを言っていたので、小さい時は外で勤めていたのかも・・・。

ただ、私も弟も幼稚園に通っていましたし、小学校受験もしていたので、時間の融通は利くほうだったのだと思います。

 

ちなみに、親は当初小学校受験をさせるつもりはなかったようですが、私が大好きだった幼稚園の先生の出身校に通いたいと自分で言い出したらしく、受験することになったそうです。弟は、「お姉ちゃんが受験したんだからする!」みたいなかんじで。笑

5歳くらいの子でも意思があるものなんですね。女の子だとなおさらそうなのかな。

 

当時は神奈川県川崎市の下町エリアに住んでいました。

今とは時代が違うのだろうとは思いますが、小学校に上がる前から結構ひとりで外出していたような気がします(でも、危うく誘拐されかけた記憶もあるにはあります)。

下町で商店街の人とはみんな顔見知りだったので、よくおつかいにひとりで、または弟とふたりで出ていました。お駄賃を貰って貯めて、駄菓子屋さんでお菓子を買うのが嬉しくて。

電車にもひとりで乗って、川崎駅のホームで母と待ち合わせてお買い物(いつも最後にアゼリア地下街でソフトクリームを買ってもらっていたような)、というコースもよくあったように思います。

今思えば、本当によくひとりであちこち出歩いていたなと思いますが。

ひとりが寂しいとか不安とかよりも、「ひとりでできる!!」という自信と、達成した後のご褒美のほうが重要な性格だったのだと思います、私。笑

そういう性格だから、親も私にひとりでいろいろさせるようにしてくれたのかもしれません。

海外旅行中の飛行機で、並びの席が取れず、親の隣の席は弟に回ったため、私はひとり知らないおじさんの隣に座って乗ったこともあったと思います。周りの大人やCAさんなど、色んな人が構ってくれたので楽しかったですがw

 

私が小学校に上がると、母は外でフルタイムで勤めるようになりました。そのまま異動や転職で職場はちょこちょこ変えつつも、今も働いています。

小学校までは電車を使って1時間くらいの通学時間でした。最初の数週間は途中まで親が付き添うのですが、それ以降は同じ方面から通う子どもたちが同じ電車・同じ車両に乗って合流していって、子どもたちだけで集団登校していきます(ある程度学年が上がると、委員会活動やクラブの朝練で登校時間もバラバラになるので、ほぼひとりで通学するようになりますが)。

下校後は何をしていたでしょうか・・・ピアノのレッスンがある日は、ひとりで自転車でピアノ教室に行き、何もない日は、ゲーム(低学年の頃は多分ポケモン)をして親の帰りを待っていましたかね。笑 私のゲーム好きはこの頃から始まっていた気がします。

家に帰ったら親がいる、という状況ではなかったですが、それを寂しいと思った記憶はなく、むしろ好きに過ごせるくらいに考えていたような記憶がありますw

 

学校に上がると夏休みのような長期休暇があって、この期間をどう乗り切るかは共働き家庭の悩みの種だといわれますが、私の場合は結構独特な過ごし方をしていたと思います。

長くなってきたので、それは明日書いてみようかなと思います。

 

うーん、思うがままに書いてるけど、この話、着地どうなるんだろうw

 

↓つづきです。

mamesodate.hatenablog.com